大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和59年(ワ)239号 判決 1987年3月16日

原告

杉山陽一

被告

株式会社静清交通

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一八八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は昭和五九年一月一三日午前一時二〇分ころ、清水市相生町のスーパーマーケツト「スーパー松永」前道路上において歩行中、被告従業員石谷光博(以下「石谷」という。)運転の普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)に衝突され、同所に転倒した。

2  被告の責任原因

(一) 被告は、一般乗用旅客自動車運送業を営む者、いわゆるタクシー会社であつて、石谷は、当時被告保有の本件車両を運転し、被告の業務に従事していた。

(二) よつて、被告は、自動車損害賠償補償法三条に基づき、原告が右事故により受けた損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷と治療経過

原告は、右事故により右膝関節内側副靭帯損傷を受け、左のとおり入通院して、その間靭帯縫縮の手術を受けた。

昭和五九年一月一三日 草薙整形外科で初診

同月一七日 同医院通院

同月一八日から同年二月七日まで 同医院入院

同月一七日から同年三月二六日まで 同医院通院

4  損害

原告は、右事故により次のような損害を受けた。

(一) 治療費 一六万五〇二七円

(二) 交通費 計八万一六五〇円

(1) 通院費 五万七三四〇円

原告宅から草薙整形外科までの通院に要したタクシー代(一往復二四八〇円、但し最終日は二七八〇円)のうち昭和五九年二月二〇日以後の二三日分

(2) 親住居までの交通費 二万四三一〇円

退院後入浴等のため親の住居まで往復するに要したタクシー代(一往復一四三〇円)一七日分

(三) 雑費 計六万四四〇〇円

(1) 入院雑費 五万五七〇〇円

内訳 テレビ借賃(二〇日間) 三万四〇〇〇円

新聞代(同右) 二四〇〇円

座布団代 三五〇〇円

毛布、パジヤマ代 一万五八〇〇円

(2) 洋式便器購入 八七〇〇円

(四) 休業損害 五七万五〇〇〇円

(1) 原告は本件事故当時中村施工サービス株式会社に勤務し、月額一五万円の給与を受けていた。

(2) 原告は、夜間はバイオレツトこと杉山峰子方で店員として働いていた。その昭和五八年九月から同年一二月までの平均月収は八万円である。

(3) 本件事故により、原告は本件事故日から昭和五九年三月末日までの二か月半余稼働できず、その間の給与五七万五〇〇〇円を得られなかつた。

(五) 慰藉料 一〇〇万円

原告の受傷の部位程度、治療経過、失職状況、本件事故発生を否認する被告の態度等からすれば、原告の苦痛を慰藉するには、一〇〇万円が相当である。

5  よつて、原告は被告に対し、右損害賠償金のうち一〇〇円以下を切捨てた一八八万五〇〇〇円及びこれに対する事故日の後である昭和五九年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認め、同(二)は否認する。

3  同3及び4のうち原告の受傷、治療経過及び損害の内容は知らない。因果関係は争う。

三  抗弁

仮に被告に責任があるとしても、原告にも重大な過失がある。すなわち、原告主張の事故現場は交差点の中であり、近くに横断歩道があるにもかかわらず、原告は、横断歩道を通らず斜めに交差点を横断しようとし、しかも、本件車両の直前一メートルぐらいを右方確認せずに歩行した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  まず、原告が主張する事故の前後の事情について検討するに、成立に争いのない乙第四号証、原告主張のとおりの写真であることにつき争いのない甲第四号証の一ないし一五、証人山内三恵子の証言(第二回)によつて真正な成立(甲第一及び第三号証については原本の存在、成立)の認められる甲第一ないし第三号証及び同第五号証の一ないし八、証人石谷光博の証言によつて原本の存在、成立の認められる乙第一号証、証人小長井泉の証言によつて真正な成立の認められる同第二、三号証、証人和田正隆の証言によつて真正な成立の認められる同第六号証、証人安田まさ江、同山内三恵子(第一、二回)、同奥山実、同石谷光博、同海野孝晴、同小長井泉、同和田正隆の各証言、原告本人尋問の結果(但し、右証人山内(第一、二回)、同奥山及び原告本人の各供述中後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五九年一月一三日午前一時ころ、清水市相生町の清水市役所前交差点角にあるスーパーマーケツト「スーパー松永」に、佐野一郎運転の普通乗用自動車(以下「佐野車」という。)に同乗して内妻の山内三恵子を迎えに行き、同女とともに同店からその北側前の歩道に出た。そのころ、同店の北東側車道上には、同店北側の横断歩道寄りに奥山実(なお、同人は、原告やその姉の知人である。)運転のタクシー(以下「奥山車」という。)が、その後方に本件車両が、いずれもスーパー松永で買物中の乗客を待つため停車していたが、右奥山は、乗客が戻つたため発車し、やや前進した後方向転換しながら後退して清水市役所前に停車していた佐野車と並行する位置に停車し、然る後前進して現場を離れた。各車両の位置関係は、おおむね別紙図面のとおりである。

2  原告は、奥山車がスーパー松永前から発進した後、同店前歩道から車道に出て、横断歩道を通らずに、本件車両前を市役所前に停車中の佐野車のほうに向けて、交差点を斜めに横断し始めた。一方、石谷は、奥山車の発進を見て、エンジンをかけたまま停車させていた本件車両を同店の入口に近づけるため、半クラツチの状態で一メートルほど前進させた。

3  原告の主張によればそのころ事故が発生した(右事実については後に検討する。)が、原告は、本件車両が原告に衝突したとして直ちに本件車両の運転席付近に歩み寄り、運転席側のドアを足で二回蹴つたり、石谷に対し怒声を浴びせるなどした上、そこに駆けつけてきた佐野一郎とともに石谷を車外に出そうとしたが、石谷がハンドルにしがみついているため、同人に対し、手拳で顔面を殴打したり腰部を足蹴りするなどの暴行を加えた。更に原告は、本件車両の前部フエンダーのタイヤボツクス付近を足蹴りした。そのため、本件車両は、ドアとフエンダー付近がへこみ損傷した。

その後、原告は、佐野車まで自分で歩いて行つた。

4  原告は、その直後被告会社に事故の連絡をし、面談した被告の社員に対し、被告のタクシーが原告の右膝の下に当たつたと訴えた。同人が見たところ、原告の右膝は触わるとはれて左膝より堅いようにも感じられたが、外面上の変化はなかつた。また、その場に呼び出された石谷は、原告や佐野一郎からの要求に従い謝罪した。

5  原告は、右事件発生当日の午後、足の痛みから草薙整形外科を受診したところ、右膝関節内側副靭帯損傷で約二か月の加療を要する旨の診断を受け、ギブス固定術を施された。更に、同月一八日同医院に入院した上同月二三日切断腱縫縮の手術を受け、同年二月上旬に退院した後同年三月下旬まで通院した。また、原告は、右入院の前日の二月一七日桜ケ丘総合病院も受診したが、特別な治療はなされず三週間ほどギブス固定をしているようにとの指示があつた。なお、原告は、以前交通事故で右膝蓋骨を骨折し、鋼線固定術を施されたことがあつた。

6  石谷は、本件車両と原告との接触、衝突を否定し、被告も、前記事件当日、石谷や他の社員らが本件車両を見分して右接触、衝突の痕跡を発見しなかつたとのことなどから、そのような事故はなかつたと判断して警察への事故届は行わず、後日なされた原告からの治療費等の請求も拒絶した。原告は、事故直後は警察への届出を行わなかつたものの、後に届出たため、清水警察署警察官によつて実況見分が行われたが、石谷には刑事処分等何らの処分もなされなかつた。一方、石谷は原告と佐野一郎の暴行により三週間の加療を要する顔面打撲皮下血腫、腰椎捻挫の傷害を受け、原告は右傷害の罪により罰金一〇万円の刑に処せられた。

以上の事実が認められるところ、証人山内三恵子(第一、二回)、同奥山実の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。

三  原告は、石谷が本件車両を前進させた際、原告に衝突した旨主張するところ、証人安田まさ江、同山内三恵子(第一回、以下同じ)、同奥山実の各証言及び原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分がある。しかしながら、右前進時における本件車両の速度や接触ないし衝突事故の態様についての各供述内容を検討すると、そこにはかなりの相違点が見うけられる。

まず、証人安田まさ江は本件車両はさほどスピードは出ていなかつたと証言し、同山内三恵子の証言からもそれが窺えるのに対し、同奥山実の証言によれば通常では考えられない速度であり急制動をかけて停車するほどの速度であつたということになる。しかし、石谷が本件車両を前進させた目的や態様は前認定のとおりであることに照らせば、その速度は右安田らの証言のとおりであつたものと認められ、右奥山の証言は措信しがたい(原告本人も、本件車両の進行は一メートル程度であつた旨供述している。)。

次に、事故の発生と態様については、証人安田まさ江及び同山内三恵子の各証言によれば、本件車両が原告に接触したか、少くとも原告の真近にまで進行して不意を突かれた原告の直立歩行を妨げたことは否定しがたく、証人石谷の証言中これに反する部分には直ちに信を措くことができない。しかしながら、原告が本件車両によつて一メートルほど横(道路中央寄り)に跳ね飛ばされ、左手を地面について堪えながら、あるいは尻餅をつくような格好で転倒した旨の証人奥山実及び原告本人の各供述は、本件証拠上左上肢や手など原告の右膝以外の部分について特段傷害が生じた形跡はないことに加え、本件車両の速度や前認定のようなその直後の原告の行動、更には証人安田まさ江の証言に照らし到底措信しがたい(なお、証人奥山実の証言は、他の目撃者の証言のみならず原告本人の供述に照らしても全体的に誇張されたものとの感を免れず同人の車両の運行状況に徴すれば、その証言に係る状況を仔細に目撃し得たか否かについても疑問の余地がある。)。また、証人安田まさ江の証言によれば、原告の体勢が大きく崩れたことは認めうるものの、地面に倒れたことまでは定かではなく、これを肯定する証人山内三恵子の証言は直ちに採用しがたい。

そして、右のような事故の態様や本件車両の速度に加え前項認定の諸事情、就中原告の事故直後の行動を総合考慮すると、膝関節の切断腱縫縮の手術を要するほどの傷害が右事故によつて生じたと断ずることはできない。原告は、本件車両の毀損は受傷していない左足によるものと供述しているが、そうであるとすれば、足蹴りによる自損の可能性は否定しうるとしても、右のような傷害を受けた右足を軸として車体毀損を招くほどの数度の足蹴りをしたことになり、いずれにしても不自然さが残る。

以上のところからすれば、右供述の真偽はともかく、右接触ないし接近等前認定の事実のみによつては、右接触等が原告の受傷の原因であるとの原告主張事実を推認するに足りないというべきである。証人山内三恵子の証言及び原告本人尋問の結果中右主張にそう部分はにわかに採用しがたく、他に本件車両の運行と原告の受傷との因果関係を認めるに足る証拠はない。

四  よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

五  以上のとおりであつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松津節子)

別紙

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例